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最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)801号 判決

上告人 出井輝昭

右訴訟代理人弁護士 松岡滋夫

被上告人 金川清

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松岡滋夫の上告理由について

債務者の委託を受けてその者の債務を担保するため抵当権を設定した者(物上保証人)は、被担保債権の弁済期が到来したとしても、債務者に対してあらかじめ求償権を行使することはできないと解するのが相当である。けだし、抵当権については、民法三七二条の規定によって同法三五一条の規定が準用されるので、物上保証人が右債務を弁済し、又は抵当権の実行により右債務が消滅した場合には、物上保証人は債務者に対して求償権を取得し、その求償の範囲については保証債務に関する規定が準用されることになるが、右規定が債務者に対してあらかじめ求償権を行使することを許容する根拠となるものではなく、他にこれを許容する根拠となる規定もないからである。

なお、民法三七二条の規定によって抵当権について準用される同法三五一条の規定は、物上保証人の出損により被担保債権が消滅した場合の物上保証人と債務者との法律関係が保証人の弁済により主債務が消滅した場合の保証人と主債務者との法律関係に類似することを示すものであるということができる。ところで、保証の委託とは、主債務者が債務の履行をしない場合に、受託者において右債務の履行をする責に任ずることを内容とする契約を受託者と債権者との間において締結することについて主債務者が受託者に委任することであるから、受託者が右委任に従った保証をしたときには、受託者は自ら保証債務を負担することになり、保証債務の弁済は右委任に係る事務処理により生ずる負担であるということができる。これに対して、物上保証の委託は、物権設定行為の委任にすぎず、債務負担行為の委任ではないから、受託者が右委任に従って抵当権を設定したとしても、受託者は抵当不動産の価額の限度で責任を負担するものにすぎず、抵当不動産の売却代金による被担保債権の消滅の有無及びその範囲は、抵当不動産の売却代金の配当等によって確定するものであるから、求償権の範囲はもちろんその存在すらあらかじめ確定することはできず、また、抵当不動産の売却代金の配当等による被担保債権の消滅又は受託者のする被担保債権の弁済をもって委任事務の処理と解することもできないのである。したがって、物上保証人の出損によって債務が消滅した後の求償関係に類似性があるからといって、右に説示した相違点を無視して、委託を受けた保証人の事前求償権に関する民法四六〇条の規定を委託を受けた物上保証人に類推適用することはできないといわざるをえない。

そうすると、右と同旨の見解に立って、上告人の請求を棄却した原審の判断は正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

上告代理人松岡滋夫の上告理由

一 原判決は法令の解釈を誤り、右誤りは原判決の結果に影響を及ぼすべき誤りであるので破棄を求める。

(一) 原判決は民法が受任保証人に事前求償権を認めたのは、保証人が債権者に債務を負い、無限責任を負い、且つ受任保証人のする保証債務の履行は主たる債務者の委任事務の処理の一内容であり、保証債務の履行は主たる債務者から委任されて保証したことによる委任事務の処理であると判示している。勿論委任を受けた債務保証については、主たる債務者と保証人との間において委任契約関係が存在することは間違いない。しかしそれは、単に債権者に対して主たる債務者の債務について支払保証契約をなすという委任内容であって、保証債務の履行までを包含するものではない。もしそうであれば、受任者たる保証人は保証債務の履行を怠ったとき、委任事務の処理内容を怠ったとして主たる債務者から当然債務不履行を理由として問責されねばならないことになり、これは全く現実に合わない奇妙な結論とならざるをえないのである。従って保証について委任を受けると言うことは、保証人たる者が債権者との間に支払保証契約を締結することを内容とする契約であり、右契約締結を怠るとき、主たる債務者より委任の趣旨に反した行為として損害賠償を請求されることになるのである。これは前述のとおり債務保証の趣旨に合わないことは多言を要しない。それでは保証債務の履行が委任事務の処理を内容としないというならば、これはいかなる法的性質を有するものであるが、これは単に債権者に対して保証人が負担する保証債務を履行したのにすぎず、決して委任事務の履行ではない。又、免責行為はこれこそ弁済について正当なる利益を有する第三者として任意になしたその物上保証に関し、原判決の判断内容がそのままあてはまるのである。

加えて不明なのは「保証債務の履行は委任事務の処理の一内容であってそのために要する費用が委任事務処理費用として性質を有する」とあるが、「そのために要する委任事務処理費用」とは何を指すのであろうか。

単純に保証債務履行のために要した費用自体ということであろうか。あるいはこれを含む保証債務の弁済自体をも委任事務処理費用というのか全く不明である。前者であるとすれば、物上保証における免責行為については委任事務処理内容ではないという原判決の判断からは当然主たる債務者に請求することができないことになり、不都合な結果となり、加えて民法第三五一条の「保証債務ニ関スル規定ニ従ヒ」との明文の規定に反することになる。

又、後者とすれば、物上保証人の免責行為は委任の趣旨に含まれていないのであるから、免責行為による主たる債務者に対する求償権行使も否定されなければならない。これ又明文の規定に反する。原判決が求償権を以て民法第六五〇条の費用償還請求権と同趣旨の制度と解するならば、物上保証人の求償権をいかなる理由による法的制度であると解するのか全く不可解である。

いずれにしても、委任を受けた保証人について保証債務の履行を以て保証委任契約の一内容、あるいは委任事務処理の一内容である旨の法的解釈は明らかに誤ったものである。

(二) 加えて原判決は物上保証人は債権者から直接債務の弁済を請求される立場にはないから、債務者委任による物上保証はその委任の趣旨には物上保証人が債権者に対し債務弁済等による免責行為をすることは含まれていないのであると判示する。これ又独断的解釈である。債務保証における委任は前述のとおり債務保証契約を債権者との間で締結するということを内容とするものであり、結果としては保証債務を弁済することになるのは保証債務契約締結の結果であり、委任事務の履行ではない。この場合保証人が免責行為をなすのはそれこそ「弁済について正当な利益を有する第三者として任意にしたもの」である。従って委任による物上保証による場合も債権者との間で担保提供契約を締結する旨の内容がその委任の趣旨であり、その結果債権者との間で所有物件上の物的有限責任のみを負担することになるのである。債権者から自ら債務を請求される立場にないのは、債権者との契約内容の結果であり、債務者に対する関係によるものではない。これは保証債務についても同様で債権者に対し債務を負担し、弁済を請求されるのは保証債務契約締結の結果であって、決して委任契約乃至委任契約の内容によるものではない。この点において原判決は債権者との契約の結果と委任の内容とを混同しており、誤った判断と言う外はない。なお、因みに物上保証人の免責行為によって委任事務処理費用が生じないと判示しているが、任意の履行によっても委任事務処理費用が生じないということは物上保証人にとり不公平な結果となり、承服できない。

(三) 原判決は判決理由一の2において、事前求償権に関する法的趣旨を説明しているが、右判断は右制度の趣旨に反し、明らかに判断の誤りをおかしている。

原判決によれば、債務保証について受任保証人と主たる債務者間の法律関係は主たる債務者からの委任により債権者との間に保証契約の締結と共に、保証契約に基づいて負担した保証債務を履行する責めに任ずることを内容とする。委任契約関係であって、受任保証人は委任に関する民法第六四九条により、主たる債務者に対しそのための必要費用の前払を請求することができるが、保証の場合このまま適用すれば保証本来の趣旨を無意味にするものであり、又当事者の意思にも反するので、同条項の不適用と同法第四五九条第一項前段、第四六〇条の各場合に限って例外的に事前求償権を認めるというものである。

しかし右判断は保証委任の内容が保証債務の履行を含むとするところに、前述のように現実の保証の趣旨と当事者の意思にも反し、現実に合致しないことは既に詳述した。しかも同判断においては保証債務の履行に必要な費用の前払を認めれば、本来の保証の趣旨と当事者の意思に反するとの判示があるが、ここに債務履行の費用の趣旨が不明である。

前述の如く単純に履行するに必要なる経費にすぎないとすれば、事前請求は何ら保証の趣意や当事者の意思に反するところはない。しかし債務額の支払を意味するとすれば、原判決末尾二枚目裏の物上保証人の免責行為において判示した「委任事務処理費用」とは明らかに異なる。ここにおける「委任事務処理費用」を免責行為による債務額と解すれば、物上保証における免責行為による求償権行使が認められない結果となり、明らかに現行法における求償制度に反する。しかりとすれば、単なる債務履行に必要なる経理の意味であるので、このような費用を事前請求したところで、保証の趣旨、当事者の意思に反することはありえず、又かかる費用のみの請求を事前請求を例外的に許容することがどうして支払債務額全額の請求である求償権の事前請求を許容することになるのか全く理解に苦しむものである。

従って原判決判示の求償権事前請求の法制度的趣旨の説明は矛盾的多く、全く独自の見解にすぎない。

よって、この点においても原判決の判断は誤っている。

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